馬場俊英ニューシングル『私を必要としてくれる人がいます』が届いていた

 Amazonさんに予約していて、届いていたのを忘れてしまっていました。そろそろ発売したはず・・・と思って履歴を確認してみたら発送されていて、部屋を見渡してみればありました。

 どれだけ汚い、もしくは広い部屋に住んでいるんだよ、と言う話ですが残念ながらどちらでもありません。そこそこ綺麗ですし、狭いです。ただ管理が適当なだけです。

 そんな僕を果たして必要としてくれる人がいるのかどうかわかりませんが、馬場俊英のニューシングル、『私を必要としてくれる人がいます』です。やっと聴きました。

 このブログでは触れるのは初めてだと思いますが、僕にとって馬場俊英は唯一特別なアーティストだったのかも知れません。もちろん、音楽的に好きなアーティストは今までも『今日聴いた曲』で触れた様に数多くいます。

 しかし、この馬場俊英だけは音楽的な部分だけでの評価ではないです。既に紅白にも出た事のあるアーティストですし、色々な所で特集も組まれたので、馬場俊英の経歴を知っている方も多いと思いますので、細かい事は書きませんが・・・。


 基本的に僕はCDの音源だけ聴いて、たまにライブに行く事が出来れば満足な人間なので、音楽専門誌や音楽番組やアーティストのブログみたいなものは全くと言って良い程に見ません。

 好きなアーティストの好きな食べ物や日々の生活なんて全く興味がないですし、極端な事を言うと某岡村さんや某小室さんの様に犯罪を犯した人々だろうが、何だろうが音楽さえ良ければ聴きます。

 しかし、この馬場俊英だけは少し違ったと思います。理由はいくつか考えられますが、一番はやはり情報が圧倒的に少なかったから、でしょう(もちろん、楽曲の良さは大前提です)。

 馬場俊英はメジャーデビュー後、インディーズ時代を経てからメジャー再デビューを果たしています。僕は初めのメジャーデビュー後、2ndアルバム頃に馬場俊英を知り、そしてCDを買いました。(今考えると、相当マセたガキでした・・・)


 3rdアルバム発売後インディーズ時代になる訳ですが、その当時は今程インターネットが普及していた訳でもなく、情報は馬場俊英本人によるホームページだけしかありませんでした。

 それでも、当時ホームページを持っていなかったアーティストが多かった中で自前のホームページを持ち、定期的に更新され、BBSで本当に数人のファンとやりとりをしている事は、それを眺めていた僕を安心させてくれました(中学生になる頃でしょうか?)。

 そんな中、インディーズながらCDの発売を記念して、某CDショップにてイベントが行われる、と言うので幼い僕はそのイベントに赴いたのです。

 そしてそこで、少し前までメジャーでCDまで出していた人でも、知名度がないだけでフリーイベントでも全く人が集まらない、と言う事に衝撃を受けました。

 幼くチキンな僕はほとんど人がいないイベントをじっくり観る事も出来ず、遠くからCDを見るフリをしながらずっと観ていました。(もちろん、買ってあったCDにサインなんてもらえるはずもありません)

 失礼な話ではありますが、そこで幼い僕は馬場俊英の音楽が聴けなくなる可能性を感じてしまったのです。そして、普段自分が生活している教室にいる人数よりもはるかに少ない人数でさえイベントが行えるなら、教室にいる人数が足されるだけでもかなり大きな事に違いない、と思ったのです。

 それから、僕の今までの人生で唯一の、友人知人にCDを貸しまくると言う日々が続いたのですが、先生にはウケたものの、友人知人にはさっぱりでした(年齢を考えると、ある意味当たり前です)。

 結局、みんなと違う音楽ばかり聴いている奴、と言う僕のイメージが教室に広がっただけで、僕の普及活動は挫折する訳です。しかしそんな僕の小さな挫折とは関係なく、馬場俊英はインディーズながら着々とファンを増やしている事が僕にもわかりました。

 それからは、恐ろしいスピードでメジャー再デビューから紅白出場まで続いていく訳ですが、それと同時にそれ以前に馬場俊英のCDを貸した事のあった友人知人たちの評価が一変している事に気持ち悪さを感じた時期でもありました。

 音楽を聴く理由やCDを買う理由なんて何でも良いとは思うのですが、あまりの手の平を返した様な状態に嫌気が差した僕は、それからと言うもの、彼女さん以外の人とは音楽の話をしなくなりました。

 とは言え、単純に好きなアーティストが活躍しているのを観るのは嬉しいですし、思い入れのあるアーティストですから、メジャー再デビューして初めてのアルバムくらいまでは発売当日に必ず聴き込んでいました。今回みたいに発売から数日間知らずにいる、何て事は考えられない事なのです。

 ただ、これは僕の普通のアーティストに対するスタンスでもあります。言ってみれば、今までが普通ではなかっただけなのです。そこで今作、発売から少し過ぎてから聴き始めたCDのジャケットを眺めながら考えました。 

 恐らくこれからも当分の間は馬場俊英のCDを買って行く事になるとは思いますが、僕の中で馬場俊英が普通のアーティストになったのは間違いないと思います。

 音楽が気に入れば買って気に入らなければ買わない、そんな当然の事ですが、そんなアーティストの一人になった様に思います。少し寂しい気もしますが、これで良いのだと思います。