未来予想図 ~タブレット~

 僕はタブレットが、特に家族生活のリビングの風景を変えると思っているのですが、まだiPad以降イマイチ使えるモデルがないのが現状だと思っています。

タブレットへの倦怠感:その理由 (WIRED VISION)
「タブレットへの倦怠感」に賛成しない理由 (WIRED VISION)
 上側のタブレットに疑問を投げかける記事にしても、その記事への反論である下側の記事にしても、書いてある事はだいたい理解出来ます。ただ、全てに同意出来るかと言うと、出来ませんね。

 『タブレットへの倦怠感』の記事における、『手が邪魔』と言う根拠はハード的な問題というよりはUIで解決出来る問題だと思います。もちろんハード的にも今以上の最良の形があるのでしょうけれどもね。(DS型が最良だとは思えませんが)

 また『現実的な感触が無い』と言うのは、筆者自身が恐らくわかっている通り、『今までと違う』と言うだけの感覚ですよね。キーボードにおけるフィードバックは何となくわかりますけれども、マウスには意味のあるフィードバックなんてないと思いますし、そもそもタッチパネルが普通になっている今の若年層には理解し難い感覚なのではないでしょうか。

 そして『総花的』と言う言葉ですが、これこそまさにタブレットが一番必要としている事なのではないでしょうかね。タブレット自体が専門的なデバイスを指向してないと思いますし、それこそがタブレットの一番の強みの様な気がするのですが・・・。


 また、『「タブレットへの倦怠感」に賛成しない理由』では『フォームファクターはノーパソに勝る』の項で

私が持っているスティーヴン・キングの小説『Under the Dome』[未邦訳]は、重さが1300グラムを超えているが、iPadの重さはその半分もない。
 と書いていますが、そんなどうでも良い比較をしてどうしようと言うのでしょうかね。iPadが読書をするには重過ぎるデバイスであるのは事実でしょう。あんな重いデバイスを上向きに寝転がりながら使う気はしません。

 それをわざわざ「もっと重い本もあるよ」と言うのはナンセンス過ぎます。

 僕個人の感覚としては、タブレットの将来性は抜群だと思いますが、現状の商品群には一般ユーザーが使う物は存在しないと思います。ギリギリiPadですかね。

 ただ、僕の中にはタブレットがリビングに一台置いてあって家族で使う図が想像出来ます出来ますし、将来性は抜群だと思います。リビングのソファにあるタブレットが部屋中の家具のリモコン代わりになって、本や新聞も読めて、TV電話になって、音楽や動画も再生されて、冷蔵庫の中身がチェック出来たり、風呂を湧かせたり・・・etc,etc。

 未来チックで楽しそうですが、クラックされる事を考えると恐怖ですね・・・。

 まあ、何が言いたいのかと言うと、「中学生の恋愛じゃないんだから、倦怠感感じるのが早過ぎるんじゃないの?」と言う事ですよ。